前回のブログ記事「ゲームを趣味にしている人の割合が多いのはどのくらいの収入の人たちなのか調べてみた - nonameのノート」を書いているときに気づいていて書いていなかったことがあります。
それは、高収入の人たちほど美術鑑賞を趣味にしている人の割合が多そうということです。
収入なしでは 7.6%が美術鑑賞していて、収入が 1500 万円以上になると 23.3%が美術鑑賞しています。
読書(マンガを除く)もそうでしたが、高収入ほど美術鑑賞している人の割合が高い傾向が強そうです。
そこで、高収入の人たちは美術鑑賞をして何を楽しんでいるのか気になったので美術館に行ってみることにしました。
今回行ってきたのは入館料が 500 円もしないとある美術館です。日本国内で交通費はほぼ 0 円です(乗り物の購入費や保険料などを除く)。
この入館料と交通費の安さの時点で高収入の人たちが行く美術館のレンジから外れるのかもしれませんが、とにかく行ってきました。
後述のネガティブな感想のため館名は伏せます。
結論から言うと、今回の美術鑑賞では何を楽しめば良いのかよく分からなかったということになります。
館名や展示作品名を伏せますので、別にその美術館に行かなくても言えるだろうというような抽象的な感想しか書けませんが、これが一応今感じていることなので書いておきます。
とある美術館に行って美術鑑賞をした感想
まず、入館して思ったのは、照明が暗いということです。
作品を光で劣化させないためかもしれませんがとても暗いです。
立体的な像や作り物もありますが影になっている部分は全然見えませんでした。
ただし、そこまでじっくり見たいと思うような作品はありませんでした。
次に感じたのは新しい作品ほどにおいがすごいということです。
新しい作品のコーナーは油粘土のようなむわっとするにおいがすごくしました。
古い作品のコーナーはほぼ無臭でした。かび臭もしませんでした。
肝心の作品の内容について、これは特に思うところはありませんでした。
古い作品たちには資料的価値があると思います。
資料的価値があると作品を見る前から考えているだけで、作品の横にある説明文はじっくり読んでもどうせ忘れるので読みませんでした。
観光名所などに行っても看板の説明を読んでいて覚えていた試しがありません。
こんなことを思い返しているうちに人生経験を積んだ人たちが未知の知識をないがしろにする理由のひとつを実感した気がしました。
新しい作品たちを見ると、その作品自体に感銘を受けたりすることはなく、その作品たちはどうして評価されているのだろうという考えで頭の中が埋まってきました。
この新しい作品は、少し人の顔や体を変形させて妙な背景と融合したように描いているけれども、生成 AI で似たようなものができそうで、どうしてこれが展示されているのだろうと思いました。
絵の具の立体感や大きさによる迫力以外は AI の絵ですぐにマネできてしまいそうです。
どうしてこのような 1 枚の大きな絵が手間暇かけて描かれて運ばれて展示されているのだろうと思いました。
そういうような考えを突き詰めると早く人類を終わらせた方が良いみたいになって危険なのでそこまでは考えませんが、美術館に展示されている新しい作品たちを見ると先のような疑問が次々と頭の中に出てきました。
高収入の人たちが美術鑑賞をして、何を楽しんでいるのかは全く分かりませんでした。
しかし、数百円で少しの混乱を味わえた美術鑑賞体験でした。
2024年2月27日:誤字、表現の修正(混乱を楽しめた→混乱を味わえた(楽しんでいない))
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また私が美術館に行ったりもしません。